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ブログ/2009-11-07

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1936年の今日、帝国議会議事堂(現国会議事堂)落成!

国会議事堂
  • 現在の国会議事堂は、1936年(昭和11年)11月7日に晴れやかに、と言うか、やっと落成式を迎えた。
    つまり、この建設計画は明治にまでさかのぼるからだ。

    1881年(明治14年)10月に「国会開設の詔(みことのり)」が発せられ、10年後の国会開設が約束された。
    しかし、その後議事堂建設の取り組みが始まったが、設計段階から難航し、また財政難を理由に当面は仮議事堂を建設することになった。

戦争、災害、事件等で延び延びとなり昭和年代までズレ込む?!

  • 第1回帝国議会招集の前日(1890年11月24日)に仮議事堂が竣工したが、翌年、漏電から全焼してしまう。

    その後1894年に日清戦争が、引き続き日露戦争が勃発したため、仮議事堂建設自体も延期。
    1906年に本格的な議事堂建設が決まったが、これも大正政変によって延期されてしまった。
  • 1919年2月に、新議事堂の意匠が一般公募され1等に選ばれた当選案を参考に大蔵省臨時議院建築局が実際の設計を行い、

    1920年(大正9年)1月に、原敬総理大臣等が出席して現在地の永田町の高台において地鎮祭が挙行され、建設が始まった。

    建設中の1923年には関東大震災に見舞われ、完成が近付いた1936年(昭和11年)2月26日には二・二六事件が発生し陸軍武装青年将校の一群が永田町一帯を占拠するという事件もあった。
  • こうした数々の苦難を経て、新議事堂が当時の広田弘毅総理大臣ほか2800人の来賓の参列のもと就航式を迎えたのは、
    着工から実に17年を経た1936年11月7日のことだった。しかも、国会開設の詔が発せられてから55年目にして実現したことになる。

国会議員のあこがれ~赤絨毯、経費高でかなり不潔のよう~

  • 国会議員を目指す諸子のあこがれの一つが、国会内の赤絨毯だとのこと。
    逆に国民の目から見ると、まさに「権威の象徴」に映っているのだ。

    例えば、国会内にはいくつものエレベーターがあるが、議員専用のエレベーターだけは赤絨毯が敷いてある。これ自体、議員の特権意識をくすぐるのだ。
  • この赤絨毯の維持経費が非常に高い。
    場所によって値段が違うようだが、全部、国産の特注品で一坪当たり23万円もするという。

    その絨毯が、議員の控室はもとより、廊下、階段に至るまでくまなく敷き詰められている。
    絨毯の長さは廊下、階段だけで約4.6キロメートルあるという。その費用だけで2億円もかかっているそうだ。

    絨毯が傷んできたら、その都度、張り替える。国産品に限定しているため余計に金がかかってしまう。
    国会議事堂が出来て73年。今までにかかった費用だけで何十億円になるとのことです。
  • この費用は全部、国民の税金が使われているのです。
    しかも国会関係者によると、この赤絨毯は毛足が長いため、とにかく歩きにくいと不評らしい。

    しかも同じ絨毯を敷きっぱなしなので、衛生上の問題もあり、小渕元総理もダニやシラミがいるらしいと嘆いていた話は有名だ。

    今は、リースのカーペットなど、安くて衛生的な製品がいくらでもある時代。そういった物を使ったほうが、断然、清潔で安上がりと思うがどうなのか。

    それとも、国民のダニやシラミみたいな国会議員が多いというから、似合いなのでしょうか・・・・

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