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ブログ/2009-11-15

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1867年の今日、坂本龍馬が暗殺される!~近江屋事件~

坂本龍馬
  • 1867年(慶応3年)11月15日夜半、京都で醤油商を営む近江屋の母屋2階にいた坂本龍馬と陸援隊の中岡慎太郎が

    京都見廻り組の十津川郷士に襲われ、坂本龍馬は額を深く斬られたのが致命傷で死亡、
    中岡慎太郎ば重傷を負うが、その日の証言を残して2日後に死亡した事件。一般に「近江屋事件」という。
  • 龍馬は北辰一刀流の免許皆伝であり、また、常に拳銃を所持していたとされているのに
    いとも簡単に暗殺されたことは不思議でならない。

    なお、当時龍馬はそれほど有名ではなく、むしろ慎太郎の暗殺が目的で、龍馬はその巻き添えだったのではないかとも言われている。

    龍馬は、むしろ死後から現代にかけて急速に有名になったとされており、
    それは龍馬の未来に向けた発想法と時代の制約に縛られない斬新な行動や逸話が語り継がれてきたからではないか。

坂本龍馬の先見性を語るエピソード?!

  • 当時、土佐藩士の間では長刀をさすことが流行していた。
    あるとき龍馬の旧友が龍馬と再会したとき龍馬は短めの刀を差していた。そのことを指摘したところ、

    龍馬が「実戦では短い刀のほうが取り回しがいい」と言われ、
    納得した旧友は短い刀を差すようになった。

    次に再会した時、旧友が勇んで刀を見せたところ龍馬は懐から拳銃を出し
    「銃の前には刀なんて役に立たない」と言われ、納得した旧友は早速拳銃を買い求めた。

    三度目に再会した時、旧友が拳銃を見せたところ、龍馬は万国公法(国際法)の洋書を取り出し
    「これからは世界を知らなければならない」と言われた。もはや、旧友はついていけなかったという。

    これは龍馬の性格というか、情報の入手に長けているというか、とにかく、その時代の感覚や常識にとらわれない先見性を示しているのではないだろうか。

龍馬、万国公法で御三家・紀州藩から賠償金を取る?!

  • 龍馬は貿易を始めるために土佐藩の上司にあたる後藤象二郎から「いろは丸」という船を借りた。

    ところがこの船が、紀州藩の船・明光丸と瀬戸内海で衝突し、両方とも全壊してしまった。

    このとき、どちらかといえば紀州藩のほうに非があったのですが
    紀州藩は徳川御三家の家柄であり、龍馬の海援隊は浪人の集まりだったため相手にされない。

    普通なら泣き寝入りするところを、龍馬は『万国公法』という本を取りだし、その本に書かれた法律をもとに紀州藩と交渉したのです。

    龍馬は絶望することなく、粘り強く交渉し、
    結果的に、薩摩藩の西郷隆盛が間に入ってくたれこともあり、紀州藩から賠償金をもらうことが出来たのです。

    こんなところにも、龍馬の真骨頂があると思います。

現代日本の女性が選んだ「日本男子第1位」に輝く!

  • 過日、某テレビ系で誰が真の日本男子かという放送があり、
    見事、第1位に選ばれたのが坂本龍馬でした。

    確かに、龍馬はけっこう女性に持てたみたいです。
    江戸に剣術修行に行ったとき、千葉道場の千葉佐那子というお嬢さんが龍馬を好きになり婚約もしたのですが、その後、龍馬と離れ離れになってしまいます。

    佐那子は、自分のお墓の裏に「坂本龍馬 室」と彫っています。
    「室」とは「妻」という意味ですが、佐那子のせつない思いが偲ばれ、いじらしいですね。
    幕末の時代、龍馬には恋に浮かれている余裕はなかったのでしょうか。

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