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ブログ/2009-12-09

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1916年の今日、『吾輩は猫である』の夏目漱石逝く~没後93年~

45歳の頃の夏目漱石
  • 夏目漱石は、1867年(慶応3年)1月に現在の東京都新宿区喜久井町に誕生した。
    日本の小説家であり、評論家、英文学者であった。
     
    『吾輩は猫である』『こころ』などの作品で広く知られ、森鴎外と並ぶ明治・大正時代の文豪であり、
    1916年(大正5年)12月9日午前7時前、胃潰瘍の悪化により、『明暗』執筆途中に死去した。享年50歳。

現在放映中のNHK大河ドラマ『坂の上の雲』で青春時代の生き生きとした姿が躍動中!!

  • 司馬遼太郎原作の『坂の上の雲』が同名のドラマで放映中だ。

    司馬は、本小説を執筆するに当たって、「フィクションを禁じて書くことにした」と晩年に述べている。
    つまり書いた内容はすべて事実であり、逆に事実であると確認できないことは書かなかったと作者は主張している。
  • 『坂の上の雲』とは、封建の世から目覚めたばかりの明治の日本が、そこから登り詰めてさえ行けば
    やがては手が届くと思い焦がれた欧米的近代国家というものを
    坂の上にたなびく一筋の雲」に例えた、思い余る感情と憧憬を込めた題名となっている。

    当初は、日露戦争勝利の推進力となった秋山好古、秋山真之の兄弟と、俳人・正岡子規の四国・松山出身の3人を主人公に
    彼らが明治という近代日本の勃興期をいかに生きたかという青春群像が描かれている。

    今、テレビで放映されているのがこの時代の当たりだ。
    1889年(明治22年)に大学予備門(後の一高)で夏目漱石が同窓生として初めて正岡子規と出会う。

    漱石は子規から、多大な文学的・人間的影響を受け、
    また子規は自分の作成した漢詩や俳句などの文集『七草集』に、漱石がその批評を漢文で巻末に書いたことから、本格的な友情が始まった。

    子規は、漱石の優れた漢文、漢詩をみて驚くほどであったという。
    以後、子規との交流は、漱石がイギリス留学中の1902年(明治33年)に子規が没するまで続いた。

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