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ブログ/2009-12-21

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1850年の今日、国定忠治41歳で磔の刑に処せられる!!

「赤城の山も今宵限り」でお馴染みの博徒の生涯!

国定忠治の映画ポスター
  • 国定忠治は、現在の群馬県伊勢崎市国定町の豪農の家に生まれた。
    その後長ずるにより博徒となって上州や信州一帯で活動。

    特に赤城山南麓を「盗区」として実質支配する。そして、対立する博徒を次から次に排除する。
    さらに目明しの三室勘助を殺害したことにより忠治一家は関東取締出役から一斉手配を受け、

    一家の幹部の多くは逮捕され、忠治のみ会津方面へ逃亡したが
    結局4年後に捕縛される。

    取り調べを受けたが、特に最も重罪である関所破りのかどで、1851年(嘉永3年)12月21日に磔の刑で処刑される。享年41歳であった。

多くの講談や新国劇で取り上げられ大人気を博した国定忠治?!

  • 赤城山は、群馬県のほぼ中央に位置する山で、カルデラ及びカルデラ湖を持つ
    関東地方で有数の複式火山であり日本百名山や日本百景の1つにも選ばれている。

    しかし、赤城山の名前が全国に広がったのは国定忠治の有名なお馴染みの次の台詞であった。
    • 赤城の山も今宵限り・・・かわいい子分のてめえ達とも別れ別れになる門出だぁ・・・の一節。

      この台詞を含む国定忠治の物語は、明治、大正、昭和初期に講談や新国劇の題材として大人気でした。

1976年の今日、ジャンボ宝くじに群衆殺到!!

  • 1976年(昭和51年)12月21日、この年最後のジャンボ宝くじが発売された。
    1等1000万円(40本)、前後賞つき2000万円、全国7300か所で一斉に発売された。

    3日前から徹夜組が出るなど群衆が殺到して大混乱となった。
    大阪では特設売り場に3万人、東京・後楽園には2万5000人が並んだ。

    機動隊も出動したが、福岡と松本で死者2名、全国で19人がけがをしたというすさまじさであった。

    今年の年末ジャンボ宝くじは、33年しか経っていないのに桁違いの金額と規模。

    1等2億円が70本、前後賞5000万円合わせて3億円、2等1億円140本、つまり億万長者が210人出るのだ!!

    210人の1人に入らないかと希望するほど、なかなか当たらないのが常だ。所詮、夢を買うものなのか・・・・・・

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