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ブログ/2010-03-06

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1970年の今日、競馬界の怪物・ハイセイコー生まれる!!

新冠町にあるハイセイコー像
  • 北海道の新冠(にいかっぷ)牧場でうまれ育てられたハイセイコーは、1972年(昭和47年)7月12日に大井競馬場でデビューし、いきなり6連勝。
    しかも、その内容は常に2着馬に7馬身以上の差をつける圧倒的勝利で一気に人気に火をつけた。
  • 中央競馬移籍後の初戦となる弥生賞に出走した際には、12万人の観衆が中山競馬場に終結し、本馬場入場の際にファンがスタンドで後ろから押され、馬場へこぼれ落ちる騒動が起きた。

ハイセイコーがもたらした数々の社会現象?!

  • ハイセイコーが出走したレースのテレビ中継の視聴率は、NKH杯で20.2%、日本ダービーで20.0%(フジテレビ)という競馬中継ではかなり高い視聴率であった。
  • ハイセイコーの引退直後に騎手の増沢末夫がポリドールから『さらばハイセイコー』をリリースしたが、約45万枚の売り上げを記録した。
  • ハイセイコーの引退後、出身地の新冠町の明和牧場には毎年、多くのファンが訪れ(1975年には約30万人)、ハイセイコーの故郷として全国的に有名になった。
    しかも、新冠町がハイセイコーの名を冠した農作物を販売すると爆発的な売上を記録したという。
  • 1976年(昭和51年)8月公開の映画『トラック野郎望郷一番星』(主演:菅原文太)に友情出演し、映画の配給収入12億2800万円を記録した。
  • 1973年、ハイセイコーは競馬ファンだけでなく一般社会をも巻き込んだブームの立役者となったことが評価され、
    優駿賞(現在のJRA賞)の「大衆賞」(現在のJRA賞特別賞)を受賞している。

    「たかが馬、されど馬」である。人間のアイドルと同様、あまりマスコミに追いかけられ過ぎると本来の調子を維持できずに脱線してしまうことがある。
    ブームがピークを迎えた日本ダービー直前には、ハイセイコーの厩舎などに連日30人以上の報道陣が押し掛け、ハイセイコーが驚いたりイライラしたりしていたそうだ。

    日本中の信頼と期待が集まった日本ダービーだが、ハイセイコーは負けてしまう。
    そこに何らかの因果関係はなかったのだろうか。

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