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ブログ/2010-03-12

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1945年の今日『アンネの日記』のユダヤ人少女、アンネ・フランクが強制収容所で殺される!!

アンネ・フランク切手
  • 第二次世界大戦勃発後の1942年(昭和17年)7月6日、フランク家を始めとした8人のユダヤ人が、ナチスによるユダヤ人迫害を逃れるために
    父であるオットー・フランクの職場であるアムステルダムのかくれ家で潜行生活を始めた。

    ここでの暮らしは2年間に及んだが、1944年8月4日にゲシュタポに捕まり、全員、強制収容所に送られた

    アンネ・フランクは姉とともに、ベルゲン・ベルゼン強制収容所に入れられるが、
    1945年3月12日、わずか15歳の生涯を閉じてしまう
  • アンネの日記』はアムステルダムの隠れ家での8人のユダヤ人たちの生活を描き残したもので、
    内容的には他愛のない日常が記録されている程度だが、

    戦争やゲシュタポの影に怯えながらも、全体として明るい内容で、将来への希望も失っていない。

    しかし、その将来が無残に断ち切られることにより悲劇性が倍加し読む人にやるせない悲しみと怒りを与えずにはおかないのだ

    戦後までただ1人、生き残ったアンネの父が出版し、世界中でベストセラーになった。
    翻訳された言葉は55言語にのぼり、出版部数は2,500万部を超えるという。
    しかも、今なお、売れているという。特に、若い世代の人たちが、戦争、人種差別、ホロコーストなどについて考える教材ともなっている。
  • アンネ・フランクには父がいても、母はそばにいませんでした。
    多感な少女にとって母親の存在はどれほど心強いことでしょうか。

    私はカルメン・マキの名曲『時には母のない子のように』を思い起こしました。
    • だけど、心はすぐかわる
      母のない子になったなら
      だれにも愛を話せない
    • 時には母のない子のように
      長い手紙を書いてみたい・・・・
  • 『アンネの日記』も、子供が毎日の様子を母に報告する「長い手紙」だったのかも知れません。

なんとも言えない哀調のこもったカルメン・マキの歌を聴いてください。

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