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ブログ/2010-04-10

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1952年の今日、大ヒットとなったラジオドラマ『君の名は』の放送開始!!

毎週の番組放送時間は街の銭湯はガラ空き?!

松竹映画『君の名は』の一場面
  • このドラマは脚本家・菊田一夫の代表作。
    1952年(昭和27年)4月10日からラジオドラマとして放送され、大変な人気を獲得した。
    それは、「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」と言われるほどであった。
  • 真知子と春樹が再会しそうになるが、不都合が起きて会えない。
    この「会えそうで会えない」という事態が何度も繰り返された。そのたびに、聴いていた者は、「この次はどうなるのか?」とドキドキしながら次回の放送を待っていたのでしょう。

    これをご覧になっている方には分からない心理かも知れませんが、皆さんのお母さん、おばあちゃんらが、毎週楽しみに聴いていたのです。

    それにしても現代感覚からは違和感があるかも知れません。当時の方々は、やはり純情だったんです!!

1950年の今日は、歌手の和田アキ子さんの誕生日でもあります。真知子とは似ても似つかぬ「ゴッド姉ちゃん」ですが、男女を問わず多くの方から人気を博しています。誕生日を記念して代表曲の一つ『あの鐘を鳴らすのはあなた』を「続きを見る」をクリックしてお聞きください。

  •  松竹で映画化された時には、主人公のショールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれ、女性の間で流行しました。
    これは実際のところ、撮影の合間、主演の岸惠子があまりの寒さにショールを肩からぐるりと一周させ、耳や頭をくるんでいて、その姿が撮影中も使われることになったからのことです。
  •  ちなみに、このドラマの内容をまったく知らない方のために、あらすじを・・・・
    • 第二次大戦中の東京大空襲の夜、焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ男女(佐田啓二と岸惠子)である春樹と真知子は助け合って逃げ回るうちに、銀座・数寄屋橋まで辿り着く。
    • 二人は無事を確認するとともに、名を名乗らないまま互いに生きていたら半年後、それがだめならまた半年後にこの橋で会おうと約束し、そのまま別れる。
    • やがて、2人は運命の渦に巻き込まれ、互いに数寄屋橋で相手を待つも再会がかなわず、やっと会えた時には、真知子はすでに人の妻となっていた。
    • しかし、夫との生活に悩む真知子、そんな彼女を気にかける春樹、2人をめぐる人々の間で、運命はさらなる展開を迎えていく・・・・・・
  • このドラマは戦前の「愛染かつら」と並ぶ、スレ違いメロドラマの代表作です。
    当時の娯楽といえば、ラジオしかなかった時代。毎週のこの放送が、どれだけ日々の活力になったかと思われてなりません。

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