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ブログ/2010-04-13

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1612年の今日、宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で決闘!!

巌流島の決闘の像
  • 1612年(慶長17年)4月13日、二刀流の使い手・宮本武蔵と、燕返しの名手・佐々木小次郎の決闘が、山口県下関市にある関門海峡に浮かぶ無人島・船島(通称、巌流島)で行われた。

    映画などで、決闘は武蔵がわざと遅刻して小次郎がそれに怒り、冷静さを失っているところをつかれてやられてしまったとなっていますが、
    恐らくそれは、後世のドラマ仕立ての脚色であろうと言われています。

小次郎の三尺余の太刀に対して四尺二寸の木刀で戦った武蔵の作戦勝ちか?!

  • 先に小次郎が来ていたとしても、決闘そのものは尋常に行われたとされている。
    小次郎は三尺余の真剣の太刀であり、約1メートル近くの長いものであった。一方、武蔵はなぜか真剣ではなく木刀であった。しかも四尺二寸つまり1.2メートル余りの長大なものであった。この違いが勝敗を分けたとみられている。

    小次郎が水兵斬りで一歩踏み出したのに対して、武蔵は間合いを取りながらも下がらず、飛び上がって片手で木刀を振りおろして小次郎の頭蓋を砕いたのだ。
    水平斬りの場合、相手は後ろに下がるか、その太刀を受けなければならないが、武蔵は小次郎の思惑を読んでの対応であったのだ。
    そして、小次郎の決め技となる筈であった振り返しの一撃にも武蔵は間合いをとって即座に2撃目を打ち込んだ。

    勝負はついた。しかし武蔵はとどめを刺さなかった。恐らく両者に交わされていたであろう純粋な腕比べとしての「一撃の約」を守ったのだとされる。
  • 1987年(昭和62年)10月4日には、この島でアントニオ猪木とマサ斎藤によるプロレスの試合「時間無制限ノールールマッチ」も行われている。

    また2003年には観光用に公演として整備された。その際、宮本武蔵と佐々木小次郎の銅像が建立されている。

1955年の今日は、歌手の西城秀樹の誕生日です。これを記念して「続きを見る」をクリックすると、彼のヒット曲『ギャランドゥ』を視聴できます。

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