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ブログ/2010-04-15

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1452年の今日、万能の天才、レオナルド・ダ・ビンチ誕生!

レオナルド・ダ・ビンチ肖像画
  • レオナルドは1452年4月15日、イタリアのトスカーナにあるアンキアーノ村で生まれた。
    幼少期のレオナルドは、なぜか正当な教育を受けず、自然とともに暮らしていたという。

    レオナルドは14歳から16歳の頃にフィレンツェに移ったとされている。そこで画家見習いとして工房に弟子入りし学んでいた。
    この工房で師匠の絵画『キリストの洗礼』の一部を描いたが、その出来ばえは師匠を驚愕させ、以後師匠は一切筆をもたなくなったという逸話がある。
  • レオナルドの芸術作品は、『最後の晩餐』や『モナ・リザ』のような精巧な絵画がよく知られており、画家として非常に有名であるが、現存する絵画は17点に過ぎない。
    しかし、修道院の食堂に描いた『最後の晩餐』は、福音書を題材に劇的な場面をリアルに描き、一気にレオナルドの名声を高めた。

    数少ないレオナルドの絵画のうち、『モナ・リザ』『聖アンナと聖母子』『洗礼者ヨハネ』の3枚は、イタリアではなくフランスのルーブル美術館にある
    これは、フランソワ1世にフランスへ招かれた際、レオナルドが持参し、フランス国内で没したためである。

    レオナルドは「自分の芸術を真に理解できるのは数学者だけである」との言葉を残している。
  • 芸術以外にもレオナルドの多岐にわたる研究は、13,000ページに及ぶノートに、芸術的な図とともに記録されている。
    この膨大なノートは、19~20世紀になって、科学技術の分野で先駆的な研究として注目を集めるようになっている。

    なかでも1490年38歳頃のノートには、有名な「プロポーションの法則」が書かれている。
    この中の『ウィトルウィウス的人体図』は、古代ローマの建築家・ウィトルウィウスの「建築論」に記述されている「人体は円と正方形に内接する」という事を表現したもので、この図はレオナルドの描いた中で最もよく引用されるものだ。
  • レオナルドは、1519年5月2日にフランスのクロ・リュッセで亡くなった。67歳。
    彼の遺言状には、次のように記されていた。
    • 彼の葬式には、60人の貧乏人に60本の松明を持たせて参列させること
    • そして、フランチェスコ・ダ・メルツォ(レオナルドの後継者)の裁量で、彼らに参列代として銭を与えること。
    • 60本の松明を4つの教会に分けることを希望すること、など。
  • レオナルドは、アンボワーズの教会に埋葬されたが、その後、彼の墓が暴かれてしまい、遺骨の行方は分からないままとなっている。

    レオナルドの若い頃は特に、この世で最高の美男子、と呼ばれるほどのイケメンだったようだが、生涯特定の女性と親しい関係になることはなく、独身だったという。

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