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ブログ/2010-04-27

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紀元前399年の今日、ギリシアの哲学者ソクラテス、獄中で死去!!

死に望むソクラテスの絵
  • ソクラテスは古代ギリシアの哲学者であり、「無知の知」といわれる対話を続けた。
    ソクラテスは相手の持つ考え方に疑問を投げかける問答法により哲学を展開するが、その方法は自分ではなく相手が知識を作り出すことを助けるとの方法で「産婆術」と呼ばれている。

    この問答法は、相手の矛盾や行き詰まりを自覚させ、相手自身で真理を発見させた。現代風に言うと、まさにコーチングの手法ではないかと思う。
  • こうした問答を次から次と行ったが、当時の賢人たちは「常識」に執着したため、ソクラテスに恥をかかせらとして恨むようになった。
    それらの賢人たちに扇動されたアテナイの500人の市民がソクラテスの罪は死刑に値すると断じた。

    ソクラテスは自身の弁明(ソクラテスの弁明)を行い、自説を曲げたり自分の行為を反省したりせず、追放の刑も拒否し、結果的に死刑を言い渡されることになる。

1989年の今日、経営の神様と讃えられた松下幸之助氏が肺炎で逝去した日です。謹んで哀悼の意を表します。

  •  神事の忌みによる猶予の間にクリトン、プラトンらによって逃亡・亡命も勧められ、またソクラテスに同情する者の多かった牢番も、彼がいつでも逃げられるよう鉄格子の鍵を開けていたが、ソクラテスはこれを拒否した。

    紀元前399年4月27日、ソクラテスは親しい人物と最後の問答を交わして、従容として毒ニンジンの杯をあおり、死に臨んだ
  •  ソクラテスは生涯、自身の著作を残さなかった。そのため、ソクラテスの弁明も死に臨む様子もすべて、弟子のプラトンや歴史家のクセノポン、アリストテレスなどの著作を通じて書き留められている。

    なお、ソクラテスの妻は、よく悪妻の典型と言われているが、実際、妻のクサンティッペに常に「何が哲学だ。屁理屈ばかり重ねずに仕事をしろ」と言われるほど頭が上がらなかったという。
    そんな状態のソクラテス、結婚について悩んでいる人に向かって「結婚してもしなくても、どのみち君は後悔することになる」と語っている。

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