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ブログ/2010-04-29

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1980年の今日、サスペンス映画の神様、ヒッチコック監督没す、80歳!

アルフレッド・ヒッチコック
  •  アルフレッド・ヒッチコックは1899年8月14日にロンドンのレイトンストーンに生まれた。厳格な父は14歳の時に死亡し、子供時代は孤独の中で過ごしている。

    ヒッチコックにとって最初の監督作品は、1925年26歳の時の『快楽の園』であった。
    その後、サスペンス 映画を中心に制作するが、スリルとサスペンスを撮らせたらヒッチコックの右に出る者はいないと言われた。
  •  ヒッチコックの活躍はハリウッドから注目され、映画プロデューサーの依頼により1939年40歳でアメリカに渡る。
    翌1940年、ヒッチコックはアメリカでの初作品『レベッカ』で同年のアカデミー賞最優秀作品賞に選ばれている。

    以来、『断崖』(1940)、『逃走迷路』(1942)、『白い恐怖』(1945)、『裏窓』(1954)、『めまい』(1958)、『北北西に進路を取れ』(1959)などのヒット作品を次から次と世に送った。
    ヒッチコックの制作の観点は、観客をいかにドキドキ、ワクワクさせるかにあった。しかも、高所からの恐怖感を観客に抱かせるテクニックは抜群だと言われている。
  •  ヒッチコックは1980年1月3日にエリザベス2世よりナイトの称号を授けられる。しかし、4カ月後の4月29日に腎不全を起こし、ロサンゼルスで死去した。
    ヒッチコックは自分の作品のどこかに、ほんの一瞬だけ必ず姿を出すことで知られ、後年はこの「お遊び」があまりに有名となってしまったため、観客が映画に集中できるよう、なるべく映画の冒頭に近いところで顔をみせるようにしていた。

    なお、5回もアカデミー監督賞候補になりながら受賞していない。
    ヒッチコックは語る。「私は殺しすぎたからだろう」と。

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