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ブログ/2010-05-15

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1972年の今日、沖縄県の施政権がアメリカから日本に返還される~沖縄本土復帰~

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  • 第二次世界大戦後の1951年(昭和26年)に締結されたサンフランシスコ講和条約では、日本の主権は認めながらもアメリカ合衆国の施政権下に置かれるものとされ、1952年4月28日に発効した。

    そこでアメリカは、沖縄に琉球政府を置き、公選議員で構成される立法機関・立法院を設置するなど、一定の自治を認めたが最終的な意思決定権はアメリカが握ったままであった。
  • 1950年(昭和25年)6月25日に朝鮮戦争、1965年(昭和40年)2月7日にベトナム戦争が起こり、施政権を持つアメリカは沖縄を軍事基地化の方向へとシフトし、各地になかば強制的にアメリカ軍基地や施設を建設していった。
    同時に、アメリカ兵による事故・事件が頻発し、県民の死傷者も相次いだ。

    この頃から県民は、アメリカの施政に落胆し、県民有志による「島ぐるみ闘争」という抵抗運動も盛んになっていった。

1946年の今日は、歌手・美川憲一の誕生日でもあります。これを記念して代表曲の一つ『釧路の夜』を「続きを見る」をクリックして視聴できます。

非核三原則の拡大解釈や核持ち込みもあった沖縄返還協定?!

  • 1969年(昭和54年)の日米首脳会談で、アメリカ合衆国のニクソン大統領が、当時の佐藤栄作首相に70年安保条約延長と引き換えに沖縄返還を約束したが、
    復帰賛成派や県民の期待とは裏腹に、米軍基地を維持したままの、いわゆる「72年・核抜き・本土並み」の返還として1992年(昭和47年)5月15日、沖縄は日本へ復帰した。
  • しかし、非核三原則の拡大解釈や核兵器持ち込みに関する秘密協定などのほかに、返還協定に基づき特別支出金として総額3億2000万ドルをアメリカに支払うなど、アメリカの利益を最大限尊重するものとなっていた。

    このため「沖縄県は日本政府によって金で買い取られた」との非難が挙がっていた。
  • 沖縄は第二次世界大戦末期、アメリカの本土攻撃の捨て石とされた地であり、同じ日本国民の中で最も悲哀と辛酸を舐めた地であった。

    今、普天間基地移転問題で鳩山政権は迷走を続けているが、これ以上沖縄県民や国民を逆なでするような対応は許されるべきでない。
    先哲の言葉に「最も苦しんだ人が一番先に幸せになる権利がある」とあるが、その人こそ沖縄県民ではないだろうか。

美川憲一が初めて紅白歌合戦に出場した時に歌った名曲です。

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