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ブログ/2010-05-17

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1804年の今日、探検家・間宮林蔵、宗谷海峡を探検!!

間宮林蔵
  • 間宮林蔵は、1780年(安永9年)に現在の茨城県築波郡伊奈町に農民の子として生まれる。&br:20歳の時に初めて蝦夷地(北海道)に渡り、翌年には函館で測量術の先駆者である伊能忠敬の弟子となり、測量技術を学びます。

    1804年、間宮が24歳の頃から東蝦夷地、南千島の測量に従事し、同年5月17日から宗谷海峡の探検に向かった。
    当時は当然のことながら、必要な機械もなく、車も飛行機もない頃に、まだ日本人の誰も行ったことのない所へ行くわけであり、まさに命がけの戦いであったと思います。
  • 1808年29歳のとき、第1回カラフト探検に向かい、更に翌年も第2回となるカラフト探検を継続して断行し、海峡地帯を突破して
    ついに、「間宮海峡(タタール)海峡」を発見しました。

    後に、オランダ人医師、シーボルトにより日本を紹介した本の中で間宮海峡を紹介し世界地図にも載るようになった。

    間宮は探検家としてだけでなく、伊能忠敬の弟子として、師匠の亡きあと、伊能の『大日本全図』のうちの北海道部分を完成させたという大きな業績も残した
    そのために間宮は、12年間にわたって北海道全土を歩いて測量し続けたという。

    ここにも、先人の尊い並大抵でないご苦労の結晶があり、ただただ感謝する思いです

演歌歌手、鳥羽一郎が、間宮林蔵の冒険を力強く歌っています。2009年にリリースされた『韃靼(だったん)海峡』を、「続きを見る」をクリックしてお聞きください。

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