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ブログ/2010-06-11

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1972年の今日、田中角栄元総理の『日本列島改造論』が出版される。

『日本列島改造論』
  • 日本列島改造論』は1972年(昭和47年)6月11日、日刊工業新聞社から刊行され、当時、発行部数91万部のベストセラーとなった。
    田中角栄は、翌7月に自民党総裁選挙で当選し、首相となっている。

    本の趣旨は、日本列島を高速道路や新幹線などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、過疎・過密の問題や公害の問題等を同時に解決しようとすることを訴えている。
    しかし、現実はどうであったか。
  •  1972年7月に田中内閣が発足すると、田中は、首相の私的諮問機関として「日本列島改造問題懇談会」を設置し、8月7日の第一回会合を皮切りに会合を重ね、持論の実現に拍車をかけた。

    しかし、実際はこの列島改造論による弊害がさまざまな形で惹起した。そのいくつかを列挙すると、
    • いわゆるグリーンピア構想は、この改造論に促されて具体化したものであり、全国の大規模年金保養施設として結実したが、すでに破綻したことは全国民周知の事実だ。
    • 改造論で開発の候補地とされた地域では土地の買い占めが行われたため、地価が急激に上昇し、この影響で物価がハネ上がってインフレが発生し、大きな社会問題となった。
    • 改造論で訴えた交通網と道路整備は、首都の過密と地方の過疎の解消を図る目的で推進されたが、過密・過疎の問題は逆に、より一層深刻な問題となっており、あまりにも楽観的な見通しであったとされ、「土建業一辺倒だ!」との批判が相次いだ。
  • 実際に当時の日本全国では、雨後のたけのこのように土建業者の起業が激増したが、今日のバブル経済崩壊後の日本で、非常に多くの倒産の憂き目を見ている始末だ。

    この華々しく打ち出した日本列島改造論も、ロッキード事件による田中角栄の逮捕とともに廃れ、今は単なる昔日の悪しき思い出となっているに過ぎないといえる。

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