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ブログ/2010-07-30

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1971年の今日、自衛隊機と全日空機が空中衝突?!~乗員・乗客162名全員死亡~

刑事裁判及び民事裁判で、双方に視認不足があったが自衛隊機側の責任がより重かったと判示。

ANAー事故機と同型機
  • 1971年(昭和46年)7月30日、全日空58便は定刻より48分遅れの午後1時33分、北海道・千歳空港を離陸し羽田空港へ向けて出発した。

    飛行中の午後2時2分頃、岩手県雫石(しずくいし)町上空28,000フィート(約8,500メートル)付近で、自衛隊の訓練機と旅客機の安定板近くの上部付近に引っかけるような形で接触した。
    しかし、その時の速度は旅客機が時速900キロメートル、自衛隊機が時速840キロメートルという超高速であったため旅客機は操縦不能となり急降下し、音速の壁を突破した5,000メートル付近で空中分解し、墜落した。

1941年の今日は、アメリカの人気歌手、ポール・アンカの誕生日でもあり、これを記念して『君こそわが運命(さだめ)』を「続きを見る」をクリックして聴くことができます。

再発を防ぐため大事なのは、当事者の責任追及より事故の原因究明の方が重要だ!!

  • 事故直後、メディアはこぞって自衛隊側の一方的責任を追及する情報を流し続けた。
    確かに自衛隊機側の乗員は、奇跡的に一人の死亡者もなく、逆に旅客機側は162名全員死亡という悲惨な結果となった。

    ご遺族の悲しみ、苦しみを思うとメディアの報道も止むを得ない面もある。しかし、より大きな問題は定期旅客航空路と自衛隊の訓練領域が近接する隣り合わせに設定されているという、航空路設定の在り方並びに航空行政それ自体に問題があったと言うべきでないだろうか。
    なぜなら、前年の1970年には民間旅客機と自衛隊機のニアミスが28件もあり、今回の事故は起こるべくして起きたと言って過言であろうか。
  • その後、法改正や様々な施策が実施されてきている。自衛隊の訓練領域も陸上から海上へと移転している。

    いずれにせよ、時を経るにしたがい、一般国民の飛行機利用は日常化するほど普及しており、特に千歳~羽田間はドル箱路線と言われるぐらい利用客が多い区間となっている。
    二度とこうした悲惨な痛ましい事故が発生しないよう、国交省も防衛省も常に安全面の研究及び向上への精進を重ねるべきと考えるものです。

ポール・アンカは私も大好きなミュージシャンであり、若き頃に日本公演を観にいきました。後半の舞台でポールが壇上からある女性を手招きすると女性は舞台に上がりポールと抱き合い、けっこう濃厚なキスをしました。私はアッと驚くとともに、やはり外国のアーティストは日本とは違うんだな―と妙に感心した記憶があります。それとも、これも演出だったのでしょうか????

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