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ブログ/2010-08-23

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1868年の今日、幕末動乱の中、会津白虎隊自刃して果てる。

15歳から17歳の余りにも若い、痛ましい青春の終焉・・・!!

白虎隊の墓
  • 1868年(慶応4年)、鳥羽・伏見の戦いにより戊辰(ぼしん)戦争が勃発。
    旧幕府軍の最後の砦となった会津藩は新政府軍の仇敵とされ狙い撃ちにされる。

    白虎隊は15歳から17歳くらいの少年で編成された本来は予備兵力であった。
    会津藩では本丸の鶴ヶ城(若松城)を死守すべく体制を組んで政府軍を迎え撃つが、圧倒的な物量で迫る政府軍に対して劣勢は否めず
    もともと城下防衛の任に当たるべく組織された白虎隊も前線へ出さざるを得なくなった

1986年(昭和61年)の年末に日本テレビ系時代劇として放映された「白虎隊」。バックに流れる歌手・堀内孝雄の歌う「愛しき日々」がまさにピッタリと情景に適合し、感動を増幅させてくれた思い出があります。「続きを見る」をクリックして聴くことができます。

鶴ヶ城落城(?)に、もはやこれまでと自刃! 痛ましい最後・・・・

自刃の様子
  • 前線で戦う白虎隊は「戸ノ口原の戦い」で決定的な打撃を受けて潰走し、負傷者を抱えながら郊外の飯盛山へと落ちのびる

    だが飯盛山から眺めた戦闘による市中火災の模様を鶴ヶ城が落城したものと勘違いし、
    総勢20名が自刃した。ただし一命を取り留めた飯沼貞吉を除く19名が死亡した。

    飯盛山の自刃した地には「白虎隊十九士の墓」が設置されていて、年間200万人の観光客が訪れ
    墓前には早すぎる死を悼む香煙が絶えない

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