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ブログ/2010-08-31

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1997年の今日、王太子妃ダイアナ、壮絶な交通事故死~満36歳没~

ダイアナ妃
  • 1997年(平成9年)8月31日、イギリスの元チャールズ王太子妃であったダイアナがフランスの首都パリで、当時の恋人であったエジプト系イギリス人の大富豪とともに、
    パパラッチ(セレブをつけ回し、プライベート写真撮影で生計を立てるカメラマンの総称)に、執拗に追跡された果てにトンネル内で交通事故を起こし急逝した。まだ、36歳という若さであった。

    ダイアナは事故直後は生存しており、救急隊員に対し、うわ言で「Leave me(私に構わないで、放っておいて)」とか、「Oh my god(何ていうことなの)」と言い続けていたという。

    また、そこにパパラッチが居合わせていたが、救助活動にも手を貸さず写真を撮り続けていた。
  •  1981年(昭和56年)2月24日、エリザベス女王2世のチャールズ王太子とダイアナの婚約が発表され、同年7月29日ダイアナ20歳の時にロンドンのセントポール大聖堂で結婚した。
    その模様はイギリスはじめ、世界各国で生中継され華々しいスタートを切った。
    ウェールズ大公妃ダイアナの紋章

その後も王太子妃として様々な王室行事はもとより、日本やアメリカなど世界各国を訪れ、各地で「ダイアナ・フィーバー」と呼ばれる熱狂的な歓迎を受け、理想のカップルと評されていた

  •  しかし、チャールズには結婚前から付き合っていたカミラという女性がおり、結婚後もカミラとの縁が切れず、これにダイアナは早くから気付いていたという。
    結局、夫婦は1992年12月9日に別居し、1996年8月28日に15年間の結婚生活にピリオドを打ち、正式に離婚した。

    結婚後、ダイアナは「ウェールズ大公妃」を引き続き名乗ることと、ケンジントン宮殿の居住を認められた。
    以後、ダイアナは自由奔放に様々な男性との交際を行ったほか、平和・人権運動にも関わっていた。

    なお、ダイアナ交通事故死事件でフランス最高裁は、過失致死傷などの疑いがかけられていたパパラッチに対し、控訴院判決を支持し、無罪が確定している。

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