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ブログ/2010-09-13

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1997年の今日、マザー・テレサのインド国葬が行われる!

マザー・テレサ「女性特有の愛の力は母親になったときに最も顕著に現れ、神様が女性に与えた最高の贈り物、それが母性なのです。」

マザー・テレサ
  • マザー・テレサは本名をアグネス・ゴンジャ・ボヤジュといい、カトリック教会の修道女であり、修道会「神の愛の宣教者会」の創立者だ。
    マザー」は指導的修道女への敬称であり、「テレサ」は修道名という。

    アグネスは12歳の時に将来、インドで修道女として働きたいとの希望を持っていたと言われる。
    18歳の時、女子教育を行うロレト修道女会に入り、その後念願が叶ってカルカッタ(現コルカタ)へ赴くことになった。

    テレサは34歳で聖マリア学院で校長になり上流階級の子女の教育にありながらも、テレサの目にはいつもカルカッタの貧しい人々の姿が映っていた
    36歳の時に汽車に乗っていた際「最も貧しい人の間で働くように」との啓示を受けたテレサは、修道院を出てカルカッタのスラム街に入っていった

    テレサはインド女性の着る質素なサリーを身にまとい、学校に行けないホームレスの子供たちを集めて、街頭で無料授業を行うことから始めていった。

ノーベル平和賞授賞式にも普段着、サリーで出席。

  • テレサは1950年、40歳で「神の愛の宣教者会」を設立する。テレサによると同会の目的は「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのない全ての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」ことであったという。

    ケアする相手の状態や宗派を問わないテレサたちの活動は、世界から関心を持たれ多くの援助が集まっている。
    1969年(昭和44年)には、アメリカ人の撮ったドキュメンタリー映画『すばらしいことを神様のために』並びに同名の書籍によってテレサの活動は、アメリカのみならず全世界で知られるようになった。
  • 1971年(昭和46年)、教皇・パウロ6世はみずから制定した勲章教皇ヨハネ23世平和賞」の最初の受賞者にテレサを選んでいる
    これを皮切りに、ケネディー賞(1971年)、シュバイツァー国際賞(1975年)、アメリカ合衆国大統領自由勲章(1985年)、アメリカ合衆国名誉市民(1996年)、さらに数多くの大学からの名誉学位を受けている。

    特筆すべきは1979年(昭和54年)にノーベル平和賞を受賞するが、テレサは授賞式の際も特別な正装はせず、普段と同じく白い木綿のサリーと皮製のサンダルという粗末な身なりで出席している。

    賞金19万2000ドルは全てカルカッタの貧しい人々の為に使われることになったが、授賞式の場においてもテレサは「私のために晩餐会は不要です。その費用はどうか、貧しい人々のために使ってください」と要望している。

    インタビューの中で「世界平和のために私たちは、どんなことをしたらいいですか」と尋ねられたテレサは、「家に帰って家族を大切にしてあげて下さい」と誠にシンプルな答えであり、最も本質をついた適切な答えであったと言えます。
  • 自らのことは全くかえりみず、ただひたすら無私で貧しい人々のために生涯を尽くして奉仕し続けたテレサも、
    晩年は心臓発作からペースメーカーを装着するようになり、またマラリアにも罹患したこともあり、1997年(平成13年)9月5日世界が見守るなか、テレサは87歳の生涯を終えた
    そして、同年9月13日テレサの葬儀はインド政府により国葬として盛大に行われている。
  • 冒頭に掲げたテレサの言葉ほど、彼女の人生の基盤を貫いているように思えます。また、最近、我が子でもある児童虐待事件が頻発しており、このテレサの言葉こそ、若い母親に贈りたいと思い、載せたものです。

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