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ブログ/2010-09-24

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1973年の今日、小澤征爾、ボストン交響楽団の常任指揮者に就任。

世界の小澤征爾
  • 小澤征爾は1935年(昭和10年)9月1日に満州に生まれるが、その後の音楽教育に関してはそれほど恵まれた、いわゆるエリート教育を受けた訳ではなかった
    ただ中学卒業後、遠縁に当たる指揮者で音楽教育者の斎藤秀雄に指揮を学んだことが将来への大きな土台となったという

    その後、桐朋学園大学短期大学を卒業後、スクーターとともに貨物船で単身、フランスに渡る
    パリ滞在中の24歳のとき第9回ブザンソン国際指揮者コンクールで第1位、カラヤン指揮者コンクールで第1位などで名声と実力を広めていく。
  •  1964年(昭和39年)29歳のとき、シカゴ交響楽団の指揮者が急病のため当時ニューヨークにいた小澤が急遽、招聘され音楽監督として音楽祭を成功に収め、小澤の名声は全米に知れ渡ることになる。

    小澤は同交響楽団と複数の録音を残し、日本人指揮者が海外の一流オーケストラを指揮して、海外の一流レコード会社からクラシックの名曲を海外市場向けに複数発売したことは画期的なことと言われている。
  •  1973年(昭和48年)9月24日、小澤38歳のときアメリカ五大交響楽団の1つであるボストン交響楽団の常任指揮者・音楽監督に就任
    以来、2002年まで約30年近くにわたり同交響楽団の音楽監督を務めたことは、極めて珍しいこととされている。

    小澤はアメリカを本拠にしての音楽活動が長かったため、アメリカ国内及び海外のマスコミでは、小澤征爾のことを日系アメリカ人とするケースも見受けられる。
  •  2005年暮れから体調を崩しがちになった小澤は、翌年1月に帰国し治療に明け暮れるようになる。
    特に2010年1月には食道がんも見つかり、治療に専念するため一切の音楽活動を休止していたが、

    最近、手術も成功し、再度、音楽活動を開始すると発表している。ただ、記者会見の様子を見ても、かなり痩せており体力勝負の指揮だけに痛々しい感じもするが、
    世界の小澤として、更に活躍してほしいと祈り願うばかりだ。

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