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ブログ/2010-10-16

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1885年(明治18年)の今日、北の玄関口「上野駅」開業

上野駅正面
  • 1885年10月16日、煉瓦造りの237坪の本駅舎が竣工し旅客輸送の駅として開業した。

    現在の上野駅は、JR東日本と東京メトロを所属事業所としており、
    北関東と東京を結ぶJR各線の中距離電車と東京特別区を走る各通勤電車の北の結節点となっている。

    また、東北、上信越方面の各新幹線、その他在来各線の優等列車が発着する「北の玄関口」となっている。
  • 今日は、1978年にプロゴルファーの青木功が世界マッチプレー選手権に優勝し
    日本男子初の海外優勝を成し遂げた輝かしい日でもありますが、

    上野駅は私自身にとっても思い出多いところでもあり、上野駅開業を取り上げました。

大ヒット曲となった井沢八郎の心の歌「あー上野駅」!!

  • 上野駅は、東京と行き来する東北地方・北信越地方の人々にとって長い間東京の表玄関の役割を果たしてきました。

    北海道に住む私にとっても、近年は飛行機利用が当たり前になっていますが
    昭和40年前後の時はお金もない学生時代

    鈍行乗り継ぎで青函連絡船に揺られ暑い時には窓を開けていたためトンネルを過ぎれば顔が真っ黒という体験をしながらやっと、東京に着いたものです。
  • 高度成長期の昭和30~40年代金の卵と呼ばれた若者たちが東北方面などから集団就職のため上野駅18番線に降り立ちました。

    中学卒業後に親元を離れ、夢と不安を胸に抱きながら必死に生きてきた少年、少女たち。
  • あー上野駅』は、作詞家関口義明が上野駅で見かけた集団就職の少年たちを題材に詞を書き農家向け雑誌『家の光』の懸賞に応募し1位入選となる。

    これに曲をつけ東芝レコードによりレコード化され当時はほぼ無名の若手歌手だった井沢八郎が歌った

    井沢自身、歌手を目指して青森県から単身上京しており彼自身の人生も重なり、思いを込めて切々と歌うこの曲は
    発売後まもなく集団就職者などから支持と共感を得て高度成長期の世相を描いた代表的ヒット曲となった。

    いわゆる団塊の世代を中心に心の応援歌」として多くの人々に勇気と感動を与えた名曲であり、井沢八郎の代表曲とも言われている。
  • 最後に「あー上野駅」の歌詞を記載しておきますので、若い世代の方は、こういう情景の日本の時代があったのだという理解をもっていただきたいし

    年配者の方々は、直接関わりはないが、心の応援歌として聞いたり歌ったりした頃を思い出してください。
    1. どこかに故郷の 香りをのせて
    入る列車の なつかしさ
    上野は俺らの 心の駅だ
    くじけちゃならない 人生が
    あの日ここから 始まった
    2. 就職列車に ゆられて着いた
    遠いあの夜を思い出す
    上野は俺らの 心の駅だ
    配達帰りの 自転車を
    とめて聞いてる 国なまり
    3. ホームの時計を 見つめていたら
    母の笑顔に なってきた
    上野は俺らの 心の駅だ
    お店の仕事は 辛いけど
    胸にゃでっかい 夢がある

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