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ブログ/2010-10-20

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1968年の今日、ケネディ大統領夫人、ジャクリーンがギリシャ海運王と再婚?!

ジャクリーン夫人
  • アメリカ合衆国ケネディ大統領が、1963年(昭和38年)11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された時
    隣に座っていた妻のジャクリーンは、大統領の頭部が銃撃により車の後部に飛び散ったのを目撃したが
    気丈にその頭蓋の一部を拾い上げ、病院の医師に手渡したという。

    ケネディ暗殺後のジャクリーンの勇気は世界中の賞讃の的となった。ロンドンのメディアは「ジャクリーン・ケネディはアメリカ人に彼らが常に欠いていたもの、威厳を与えた」と伝えている。

    ケネディの死後、ジャクリーンは悲嘆に暮れ、1年間公の場に姿を現さなかった
    その後、義理の弟であったロバート・ケネディが暗殺されており、ジャクリーンは常に暗殺の影におびえており、アメリカを去るべきことを決心する。
  •  1968年(昭和43年)10月20日ジャクリーンはギリシャの海運王アリストテレス・オナシスと再婚する。
    オナシスには、彼女が求めた財力と保護する力があり、一方、ジャクリーンにはオナシスが渇望した社会的地位があり、双方にとって意味のある結婚とされている。

    そのことは、決して恋愛による結婚ではなく、夫妻は滅多に時を共に過ごすことはなく、ジャクリーンはその多くの時間を旅行と買物に費やしているが、
    彼女の浪費癖はケネディ大統領時代から有名であり、厳しく叱責されたこともあったという。

    オナシスは離婚も考えたが、その前に死去してしまい、ジャクリーンに莫大な遺産を残している
    その後、アメリカに戻ったジャクリーンも、1994年5月19日、ニューヨーク5番街のアパートで病没している。享年65歳。

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