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ブログ/2010-11-09

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1989年の今日、東西ドイツを分断していたベルリンの壁崩壊!!

ベルリンの壁の崩壊が始まる
  • 1989年11月9日に「旅行許可に関する出国規制緩和の政府案が東ドイツ政府首脳部に提案され、
    政府首脳部の審議を通過した

    この政令の内容を発表する政府のスポークスマンが、この会議には出席しておらず
    内容をよく把握しないまま19時から記者会見を始めてしまい

    東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて全ての国境通過点から出国が認められると発表

    記者の質問で「政令はいつから発効されるのか?」との質問に
    もともとは翌日の10日に発表することが決められていたにもかかわらず、

    スポークスマンは「私の認識では直ちにですと発表した。
  • この記者会見は夕方のニュース番組で生放送されていたため、これを見ていた東西両ベルリン市民は
    半信半疑で壁の周辺に集まりだした。

    一方、国境警備隊は指令も受けておらず、報道も観ていなかったため対応ができなかった。

    21時頃には東ベルリン側の群衆が数万人に膨れ上がり、門を開けるよう要求。やがて「開けろ」コールが地鳴りのように響く状況となった
  • まさに日付が変わる直前についに警備隊は群衆に屈し、ゲート解放が行われ、東西ベルリンの国境は開放されることになった。

    まさに、この時「ベルリンの壁」が実質的に崩壊した瞬間であった!

    本来、旅行許可制の内容であった政令であったが、許可証を持たない東ドイツ市民が大歓喜の中、大量に西ベルリンになだれこんだ

    西ベルリンの市民も抱き合ったり、一緒に踊ったり、有り合わせの紙ふぶきを撒き散らすなど
    東ベルリン市民を西ベルリン市民が歓迎する様子が三日三晩続いた

ベルリンの壁崩壊の力となった、ソ連のペレストロイカによる民主化の流れ!!

  • ベルリンの壁1961年(昭和36年)8月12日から18日にかけて当時の東ドイツ政府によって東西両ベルリンの間に築かれたもの。

    総延長156キロメートルに及ぶコンクリート製の壁
    東西ドイツの民族分断の象徴であり、また西側資本主義の諸国と、東側共産主義の諸国との対立の象徴でもあった。
    西側からは恥辱の壁とも呼ばれていた
  • 1985年(昭和60年)にソ連のゴルバチョフ書記長就任以来ソ連はペレストロイカを進め
    東欧諸国がこれに共鳴して民主化が飛躍的に進んだ。

    1989年8月19日に、ハンガリーで「汎ヨーロッパ・ピクニック」が成功すると、ベルリンの壁が持つ意義は相対的に低くなり
    多くの東ドイツ市民が西ドイツへの亡命を求めて、ハンガリーやチェコスロバキアに殺到した。

    さらに東ドイツ国内でも、大規模なデモが起きたりして、もはや収集がつかない状態となっていた。

アメリカとソ連の、東西冷戦が終結?!

  • ソ連のゴルバチョフは従来から、冷戦の緊張関係を緩和させる新思考外交を展開していたがドイツ分裂とベルリンの壁は冷戦の代名詞であり
    これを解決しなければ冷戦の終結はないと考えていた。

    ところが、ベルリンの壁が崩壊したことで東西ドイツの統一に目処が立つことになった

    1989年12月3日にアメリカのブッシュ(父)とソ連のゴルバチョフの両首脳がマルタにおいて会談し、
    冷戦の終結が宣言された。このことは同時に、ソ連共産主義の崩壊をも意味することになったのである

朝鮮半島の統合国家樹立は不可能か?

  • 同じ国の同じ国民が2つに分断されて反目し合うことほど不幸な、悲しいことはありません
    我が国も、もし西日本と東日本で国境が造られ、自由に行き来できなくなったらどうでしょうか。

    双方に親戚、友人、知人等がおり、自由に会うこともできない生活。

    今、そのことが現実に朝鮮半島で起きています。国が依処とする思想・体制の違いだけで同じ民族が敵対する。
    恐らく、共産主義で貧しい北朝鮮の市民は、東ドイツと同じく、韓国に亡命したい人がたくさんいるのではないでしょうか。

    当然のことですが、北朝鮮による日本人拉致問題は断じて許せないことであり、まさに国家を挙げての誘拐犯罪ですから・・・

    また、時代に逆行する核兵器所持とミサイル発射の暴挙も同じです。

    ただし、それらは国家の首脳、指導者の思想・人間性の問題です。国民・庶民のレベルの問題ではありません。
    まさに、日本の戦争時代と同じく「愚かな指導者に率いられた民衆ほど哀れなものはない!」との先哲の箴言の通りです。

    そういう意味から、無辜の純粋な庶民のために、1日も早く、朝鮮半島の一国化が実現してほしいと考えるものです。

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