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ブログ/2010-11-20

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1910年の今日、世界的作家、レフ・トルストイ没す~没後100周年~

レフ・トルストイ
  • レフ・トルストイは、1828年9月9日ロシアの首都・モスクワの南方165キロにあるトウーラ郊外のヤースナヤ・ポリャーナで伯爵家の四男として生まれる
    富裕な家庭であったが2歳の時に母親を、9歳の時に父親を亡くし、親戚の女性たちに育てられる

    トルストイが34歳の時に16歳年下の女性ソフィアと結婚して大きな人生の転機を迎える
    夫婦の間には9男3女が生まれたが幸福な結婚生活の中で書かれたのが世界文学史上に残る傑作であった。

    1つはナポレオン軍の侵入に抗して戦うロシアの人々を描いた、『戦争と平和』と題する歴史小説であり、500人を超える登場人物が臨場感溢れる手法によって、皆が鮮やかに描き出されている。
    他の1つは、当時の貴族社会を舞台に人妻アンナの不倫を中心に描いたアンナ・カレーニナ』という長編小説であった。
    これらにより、トルストイは世界的名声を得ることになったという。
  •  世界的な名声を得たトルストイであったが、『アンナ・カレーニナ』を書き終えた頃から人生の無意味さに苦しむようになり自殺を考えるようにさえなったという。
    彼は精神的にさまよった末、宗教や民衆の素朴な生き方にひかれ原始キリスト教的な独自の教義を作り上げ、以後、作家の立場を捨てその教義を広める思想家として説教者として活動するようになった。

    同時にトルストイは、民衆を圧迫する政府を論文などで非難し、反政府運動を起こしていたが、暴力は認めていなかった。
    そのことは、1904年の日露戦争や1905年の第一次ロシア革命における暴力行為に対しては、非暴力の立場から批判している
    この頃、トルストイはインドのマハトマ・ガンディーと文通もしていたという。
  •  1910年トルストイは、召使にかしずかれる贅沢な生活を恥じ、ついに家出を決行するが、列車で移動中、肺炎にかかり小駅の現・トルストイ駅で下車して休養するが、
    1週間後の11月20日に駅長官舎にて死去する。享年82歳。

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