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ブログ/2011-01-12

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1914年の今日、桜島大噴火で対岸と地続きになる?!

桜島大噴火
  • 1914年(大正3年)1月12日午前10時5分桜島西側中腹から黒い噴煙が上がり、その約5分後、大音響とともに大噴火が始まった
    約10分後には桜島南東東側中腹からも噴火が始まった

    まもなく噴煙は上空3,000メートル以上に達し、岩石が高さ1,000メートルまで噴きあげられた
    その後も断続的に爆発が繰り返され、午後6時30分にはマグニチュウド7.1強い地震(桜島地震)が発生し、対岸の鹿児島市内でも石垣や家屋が倒壊するなどの被害があった。
  • その後、約1か月間にわたって頻繁に爆発が繰り返され、多量の溶岩が流出した。
    流出した溶岩の体積は約1.5キロリッポウメートル、溶岩に覆われた面積は約9.2キロヘイホウメートル、かつ溶岩流は桜島の西側及び南東側の海上に伸びていった。

    その結果、それまで海峡(距離最大で400メートル、最深部100メートル)で隔てられていた
    桜島と大隅半島とが陸続きになった

    溶岩を含めた噴出物の総量は約32億トンであり東京ドーム1,600個分に達した。
    そして噴火によって降り積もった火山灰は、黒神地域と大隅半島の一部で最大1.5メートル以上、他の地域でも30センチメートル以上の深さに達した。

    そのため、桜島島内の多くの農地が被害を受け、ミカン、ビワ、モモ、麦、大根などの農作物はほぼ全滅した。
    耕作が困難となった農地も多く、噴火以前は2万人以上の島民が、その3分の2が島外へ移住したほどであった。
  • 桜島は活火山ランクA(成層火山)として指定されており、2010年現在も噴火を続けており、鹿児島のシンボルであり、観光スポットにもなっている

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