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ブログ/2011-01-24

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1965年の今日、イギリスの英雄、チャーチル元首相没す。

ウィンストン・チャーチルの肖像
  • ウィンストン・チャーチルは1874年11月30日、オックスフォードシャー州ウッドストックのブレナム宮殿に生まれた王子様でした。
    ブレナム宮殿は、チャーチル家の祖先が、スペイン継承戦争中のブレンハイムの戦いで立てた戦功によって、当時のアン王女から贈られた大邸宅でした
  • チャーチルが世界的に名を馳せたのは、第二次世界大戦を勝利に導く指揮を執ったことでした
    1939年(昭和14年)にポーランドに侵攻したヒトラー率いるドイツに宣戦布告し第二次世界大戦が始まると、チャーチルは内閣に招かれて海相に就任。
    次いで翌年には首相に任命されると自ら国防相を兼任して陸海空の幕僚長を直接、指揮する形をとり、挙国一致内閣を率いて戦時指揮に当たった。

    チャーチルはラジオや議会での演説を通じて国民に戦争協力を呼びかけ、総力戦を組織化していき、第二次世界大戦を勝利に導いた

常に文才とユーモアとウィットのセンスで、国民を鼓舞し続けた!

  • 戦後も1951年(昭和26年)に再び首相になるが、1955年81歳の時に首相の座を後任に譲り政界を引退する。
    1963年にはアメリカから名誉市民権を贈られたが、その頃には頻繁に心臓発作を繰り返し、かつ、次第にいわゆる認知症の症状が重くなっていった。

    1965年1月15日に脳卒中で倒れ、1月24日午前8時頃に息を引き取った
    その後、平民としては史上初となる国葬によって葬られている

    2002年にBBCが行った『偉大な英国人』投票で第1位になっている。
  • チャーチルは昼寝をする事が日課となっており、他人にも勧めていた。国会会期中でも昼寝ができるよう、議事堂内に専用のベッドが置かれてあったという
    チャーチルが不健康であったにもかかわらず長命であったのは昼寝の効用であったとする専門家もいる。
  • そのチャーチルが折に触れ語った語録の主なものを紹介すると;
    • 悲観主義者はすべての好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす
    • 成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである
    • 成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続けることだ
    • お金を失うことは小さく失うことだ。名誉を失うことは大きく失うことだ。しかし、勇気を失うことは全てを失うことだ
    • その国の高齢者の状態をみると、その国の文化の状況がわかる
  • そしてチャーチルが優秀な政治家の条件として挙げたのは、「将来何が起こるかを予言する能力」と「予言が当たらなかったとき、それを弁解する能力」であった。

    これからすると、現在、メディアの渦中にいる菅さんも小沢さんも、優秀な政治家ではないことになると思いますが・・・・・

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