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ブログ/2011-01-27

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1756年の今日、神童・モーツァルト生まれる!

モーツァルト
  • 1756年1月27日現オーストリアのザルツブルクに生まれた(当時は神聖ローマ帝国領)。
    宮廷作曲家でヴァイオリニストであった父は、息子のモーツァルトが天才であると見出し、幼少時から音楽教育を与えた

    3歳の時からピアノを弾き始め、5歳の時には初めて作曲を行う(『アンダンテ ハ長調 K.1a』)
    父とともに音楽家として宮廷に仕えるとともに、モーツァルト親子はウィーン、パリ、ロンドン、イタリア等に何度も演奏旅行をし、よりよい就職先を求めたが、いずこでも失敗している。

    7歳の時に、ドイツ・フランクフルトで演奏した際に、たまたま文豪・ゲーテがモーツァルトの演奏を聴きそのレベルは絵画のラファエロ、文学のシェイクスピアに並ぶとの感想を吐露している
    こうしてモーツァルトの音楽教育は、ほとんどが外国または旅行中に受けたものであった。

偉大な才能も作品も当時はなかなか認められなかった~宮廷付パトロン作曲家の限界~

  • 1770年、モーツァルト14歳の時に、ローマ教皇より黄金拍車勲章を授与される。また同年、ボローニャのアカデミア・フィラルモニカの会員に選出される。
    さらに同年作曲した初のオペラポントの王 ミトリダーテ』は大絶賛される

    しかしこうした賞賛は象徴的・名誉的なものにすぎず、報酬としてはわずかなものであったという
  • 1785年、29歳の時に弦楽四重奏曲集をハイドンに献呈する(『ハイドン・セット』)。
    ハイドンはモーツァルトの才能を非常に賛美し、2年後プラハからのオペラ・ブッファの作曲依頼に対して、自分の代わりにモーツァルトを推薦した。

    そして、ハイドンはモーツァルトについて次のように語っている
    • もし有力者がモーツァルトの才能を理解できるのなら、多くの国々がこの宝石を自国の堅固な城壁の中に持ち込もうとして競うだろうと断言している
  • その後も30歳で、オペラフィガロの結婚』やオペラ『ドン・ジョバンニなどの大ヒット作品を世に出し、32歳の時にはいわゆる「3大交響曲」をわずか6週間で完成させるという離れ業も示している

    しかし35歳になってから体調を崩し、特に11月から悪化し、レクイエムに取り組んでいる最中に病床に伏し、2週間後の12月5日、35歳の若さでウィーンで永眠する
  •  モーツァルトはハイドン、ベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人とされている
    また、彼を讃え水星には「モーツァルトという名のクレーターが存在している

    かつて、アメリカのニューヨークでは毎日、殺人事件が横行し、夜間の一人外出は非常に危険であるとされていた。
    ある警察署の署員が一考して、街頭のスピーカーから静かにモーツァルトの音楽を流し続けたところ、殺人事件が大きく減少したとの話を聞いたことがある。
    また、胎教にも良いとのデータもある。
  • 音楽の持つ力、そして偉大な作曲家の曲に込めた思いは時代を超えて大きな影響力を持つものといえまいか。
    その音楽を始めとする「文化」を守り、育てるわが日本であってほしいと願う一人である。

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